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【本の感想】最近読んだ本『アズミ・ハルコは行方不明』『悪童日記』『紙の月』

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はじめに


こんにちはテデスコです。ずっと本を読まない時期が続いていたのですが何がきっかけかまた読み始めたので記録も兼ねて感想を書きました。



読んだ本




『アズミ・ハルコは行方不明』



地方のキャバクラで働く愛菜は、同級生のユキオと再会。ユキオは意気投合した学と共にストリートアートに夢中だ。三人は、一ヶ月前から行方不明になっている安曇春子を、グラフィティを使って遊び半分で捜し始める。男性を襲う謎のグループ、通称“少女ギャング団”も横行する街で、彼女はどこに消えたのか?現代女性の心を勇気づける快作。Amazonより引用



本屋さんでタイトルを見てあとで読もうと思ってた作品。調べたら刊行は2013年であとで読もうと思ってから5年経っていたと知って時の速さに驚愕しています。

単行本だったので本自体にはあらすじは書いていなかったと思うのですが、たしか店頭POPにグラフィティで行方不明の人の顔を書いていた若者の話とか書いてあったので勝手に想像していた話がありました。

「アズミハルコという実在するんだけど決して現れない神様のような存在のグラフィティが街に溢れたことによって少しずつ物語が進み気づけばとんでもないことに巻き込まれるんだけど、最後にはなーんだ、て拍子抜けするように終わる群像劇」

みたいなのを想像していたんですよね。イメージでは『桐島、部活やめるってよ』です。でも全然違いました。

群像劇ではあります。でもそのなかにタイトルのアズミハルコの視点もあります。神様だと勝手に思っていたので驚きました。もちろん行方不明になる前の話なので数年前ってことになります。

話自体は面白いのですが、語り手が変わった時に若干読みづらいと感じました。語り手だけ下の名前で他は名字にするとか、工夫してくれれば読みやすいのに。あと視点が多すぎる。女性2人に絞ってよかったと思います。

なんで女性かって言うとこのお話は女性の新しい生き方もあるってことを書いてるからです。それも痛快に。

神様っていうんだったらアズミハルコじゃなくて女子高生の方が神様っぽいですよね。



映画にもなっているみたいです。安曇春子役が蒼井優、これはぴったり。気が向いたら見てみます。







『悪童日記』


戦争が激しさを増し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとへ疎開した。その日から、ぼくらの過酷な日々が始まった。人間の醜さや哀しさ、世の不条理―非情な現実を目にするたびに、ぼくらはそれを克明に日記にしるす。戦争が暗い影を落とすなか、ぼくらはしたたかに生き抜いていく。人間の真実をえぐる圧倒的筆力で読書界に感動の嵐を巻き起こした、ハンガリー生まれの女性亡命作家の衝撃の処女作。Amazonより引用



Podcast『Rebuild』でHiroshima さんがおすすめしていたので気になっていました。

今まで読んだ本の中で一番といっては言いすぎですが、それくらい面白い本でした。勝手にSFかと思っていたけど全然違いました。

子どもの日記を読者が読むという形の小説です。子どもの書く文章の読みやすさとその壮絶な内容のギャップにしびれました。タイトルの悪童日記ってのは現代を直訳したタイトルではなく訳者の創作のようです。翻訳した人がタイトル作るんですね。

幼い双子が子どもならではの残酷さと率直さを持って過酷な戦時下を生き延びるという話なのですが、双子の書く文章が素直すぎて残酷なのが胸をざわつかせます。

双子のどちらも名前が書かれずただ子どもたち、お前たちと2人で1人のような扱いをされているのがこれからどうなるかがとても楽しみです。

不憫と思うのは大人の勝手で子どもからすればどうせ何もしないんだから黙っていてくれよと思っているのでしょう。確かに子どものころ、自分も同じようなことを考えてました。まさかの双子への共感です。

双子は狡猾なわけではなく、ただひたむきにこの戦争中の時代のこの場所に向き合って適応して生きていこうとしていただけです。

3部作のはじめということなので、まだ読んでないものがあと2冊あるというのが嬉しくてたまりません。



映画もあるみたいです。






『紙の月』


ただ好きで、ただ会いたいだけだった。わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が1億円を横領した。正義感の強い彼女がなぜ?そして―梨花が最後に見つけたものは?!第25回柴田錬三郎賞受賞作。Amazonより引用



多視点小説、主人公は梅沢梨花なんだけど、語り手になる人物が数人いる。それぞれにドラマがあるわけではなくて、全員が角度を変えて梨花を語ることで最初は無個性で自分がなく捉えどころがないと思っていた梨花が立体的に浮き上がってくる。

語り手と梨花の距離が絶妙に遠いです。同僚、家族、恋人、親友、などではなく学生時代ちょっとだけ付き合ってすぐに別れた恋人とか、高校のときに梨花と話したいと思っていたけどなかなか話せなかった同級生とか、社会人になってからの習い事でたまたま仲良くなって何回かごはんを食べた友人とか、全然近くないんだけど梨花の違う一面を見ている人物たちがそれぞれの梨花像を語るのがリアルで共感できます。これは見事です。

梨花パート序盤は妻として女として、そして人間としての自分の立っている場所を見失っていく様子が主に描かれていきます。夫からの何気ない言葉がきっかけだったように思います。何の不自由もなく暮らしている今の生活の中で、ザラっとした何かが残るように。今ままでだったら見逃していたような、ちょっとしたことが口の中、奥の方にできた小さな口内炎のように、チクチクと痛みにも満たない違和感が、梨花の中にたまっていきます。

さらに梨花の人間性と同時に、銀行のお金に手を出すまでに至る過程がスリリングに書かれます。やめるべきだが戻ることができず追い詰められる描写は見事な犯罪小説です。横領する金額が多くなるほど自由が増えるようでいて、実のところ心理的には急激に追い詰められていきます。

あらすじだけ読むと、唐突に大金を横領する大味な話に感じるのですが、実際にはそこに至るまでの梨花の心境、周りの状況、現れる人物、すべての状況がたまたま重なり必然と感じるほどのたくさんの理由があります。

悪人でもなくお金に困っていたわけではない梨花がこのような犯罪に手を染めることになった姿は切なくて見ていられません。しかし、引き返すことのできない梨花と同じように読んでいるこちらもページを捲る手を止めることができませんでした。読者として誰よりも梨花を知っているということで共犯者のような高揚感と罪悪感を覚えます。なぜか自分が暴かれているようでした。



こちらも映画になっていて観ました。梨花を演じるのは宮沢りえ。見た目も喋り方もあらゆる所作が想像していた梨花そのもので小説の中から出てきたようです。石橋蓮司の演技も原作の通り、原作には登場しなかった小林聡美が語り手の役割を見事に果たし、後輩役の大島優子のわざとらしい演技も映画の雰囲気にあっています。夫役の田辺誠一はイメージに合わないし演技も微妙でした。大森南朋だったらよかったなーと個人的に思ったり。池松壮亮はわざとなのか素なのか、ときどき棒読みになるところが逆に良かったです。ラスト間際、宮沢りえが小林聡美にかける一言がよかったですね。そのあとの小林聡美の顔、女優だなーと思いました。素晴らしい映画です。でも原作のほうがいいですよ。





おわりに


読書の秋ってことでこれから本を読む機会も増えると思います。どんどん感想記事書いていこうと思いますのでよろしくお願いします。

最後まで読んでいただきありがとうございます。この記事が面白かったらシェアしてね。
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